マイケルのブログ

大手上場企業で働く人間の考え事

経験が苦痛に変わるとき

何でも知れる世の中になった。

 

スマホの普及やグーグルの台頭が大きいと思うが、良い世の中になった。

世の中のニュースはどこにいても見られるし、ツイッターネット掲示板では、みんなが好き勝手に発信できるようになったし、受信できるようにもなった。

 

その為だろうか、

他人には理解されない自分の感覚が明らかになってきた。

 

今まで経験だと思っていたことが、ある日突然苦痛に変わる、そんな経験はないだろうか。

 

初めて東京の満員電車に乗った時、なんだか新鮮で面白かったのを覚えている。

知らない人同士身体をギュウギュウに押し合いながら、相撲みたいだった。

ところが、満員電車は苦痛だと思う人が多いという記事やニュースを見ていくうちに、満員電車は苦痛なんだなと脳が認識するようになってしまった。

それ以降、満員電車はなるべく避けるようになった。

 

電車で座っている時、隣の人が居眠りして寄りかかってきたことも、今まではなんだか頼られている気がして嬉しく思ったのだが、それを嫌がる人も多いという事実を知ってからは、自分も寄りかかられることを嫌なことだと思うようになった。

 

たばこの臭いも好きだった。

でもたばこの臭いを嫌う人が多いと知ってからは、なんかやっぱりくさいかもって思うようになった。

副流煙は有害と知ってからはより一層嫌いになった。

 

飲食店の席なんかで電話してる人も、最初は別に気にならなかった。

だってみんなおしゃべりしているわけだし、しゃべるというその行為は一緒なんだからやってること一緒じゃないかと無意識に思っていたのだろう。

ところがそれを嫌う人も一定数いると知ってからは、なんとなく気になるようになった。

もちろんマナー違反っていうのもあるかもしれない。

客席で堂々とつまようじを使って歯の間に挟まった鶏肉をグイグイ取ろうとすることも、それを嫌がる相手もいると知ってからは、相手に見られないように配慮するのがいいのかなとも思った。

 

話はそれつつあるが、自分のように知ってしまうことで気にするようになったこと、他の人にもあるのだろうか。